日曜日, 6月 04, 2006

ゲーム作りにはデザインするって言葉がしっくりくる

ようやく作っているゲームの4面までが完成した。
あと5面を作れば終わりなわけやけど、だんだんと要領がわかってきたので、1面、2面、3面もボスも、できれば全部作り替えたいくらいの気持ちでいっぱいや。(やらんけど)


ゲームを作っていて気づいたことを、せっかくなので、出来るだけ書き留めておこうと思う。
では第一回(?)。

最近、ゲームってのは、デザインするもの、ってことがようやくわかってきた。
デザインっても、絵の事じゃない。ゲーム全体の構成とか雰囲気とか、そういうものを全部含めたもののことや。
この話を友人にしたところ、結局わかってもらえへんかったので、ゲームを作ったことがない人には、理解するのが難しいかもしれへん。

例えば、マリオに長時間の壮大なムービーとかストーリーはいらんと思う。アクションが楽しければいいし、あっても導入部の話がちょっとあったりするくらいで十分やと思う。逆に、FFに全然ストーリー性がなかったりすると、それはまた違うと思う。普通のゲームよりちょっと長いくらいのムービーが入っていて丁度くらいやないやろうか。

これは、マリオはイタリアンなオヤジが亀を踏んだりの手軽なアクションが楽しめて、FFは個性的なキャラクターの絡む壮大なストーリーがあって・・・って感じのイメージが既にあるから、そりゃそうやろうってな結論になるのやけど、自分で一から作るとなると、特段どういうゲームやってのは決まってなくて、じゃあシューティングを作るぞって思ってみても、感動的なストーリーがあるのかとか、ゲーム中で語られるのかとか、自由に決められるわけ。
全部、自分で決めていくわけやから、あまりに自由なので、そこで「どんなデザインにするか」ってことになるわけや。

例えば、僕の今作ってるゲームには主人公とか、そういうキャラクターってのは出えへんけど、別に出そうと思えば出せる。でもそうなると、少しはストーリー性もあったほうがいいってことになる。キャラクターがおると、ちょっとゲームの雰囲気も変わる。
結局、何が作りたいかで、右にも左にもハンドルを切れるわけで、でもそっちに行ったらキャラクターよりになるとか、ゲーム全体としてのバランスが変わってくる可能性もあって、そういう全体の構成とか雰囲気を考えつつ、何を入れて何を入れないとか、そういうのがデザインするってこと・・・やと思う。

う~ん、うまく書けへんな~。
でもたぶん、映画を撮ったり絵を描いたり漫画を書いたり作曲したり、そういうこと全般に通じる事なのやろうと思う。

今日、ルノワールの画集を買ったのやけど、ピアノの前の少女達、という絵がある。ルノワールは美術監督に選んでもらうために、同じサイズのカンバスに同じ絵の別バージョンを5枚描いたらしい。この絵は気に入っているので、自分の実家にポスターを飾ってあるのやけど、5つもバージョンがあるとは知らんかった。
ポスターのバージョンは、ピアノの前の少女達がしっかり書き込んであって、その背景は、ルノワールの独特の不思議な色合いでもやのように描いてあって、何があるかは判別不能や。
でもこの本に載っているバージョンは、背景がはっきりと描いてある。少女の後ろのカーテンとか花瓶とか、そういうものがはっきり見えるし、丁寧に綺麗に描かれてる。

でも、僕自身はこれを見たとき、家のポスターのバージョンの方が良いなと思った。背景がぼやけてる方が、少女とピアノとが引き立っていると思ったし、本に載ってるバージョンなら、ポスターは買わんかったと思う。この本によると、ルノワール自身も、本に載ってるバージョンは「背景を書き込みすぎ」やと思ったそうや。やっぱりそうかと思って、ちょっと自分の感想とルノワールの感想が同じやったことが嬉しかったわけやけど、何が言いたいかって言うと、つまり、この絵には背景をつけるのかつけないのか、そういうところを決めていくって事が、デザインするってことなのやと思う。

0 件のコメント: