水曜日, 6月 21, 2006

ジーコの怒り

クロアチア戦が終わった後のインタビューで、暑さに苦しめられたということにからめて、ジーコがこんなセリフを言ってた。

「熱い時間帯での試合だった。テレビ放送の都合もあってこの時間になった」

細かいところは違ってると思うけど、僕の記憶にあるニュアンスではこんな感じやった。つまり、テレビ放映が可能な時間に合わせて、わざわざ選手にとっては過酷な、日中の熱い時間帯に試合をすることになったって事で、ジーコの怒りが感じられる一言やった。TVを見てて、そんな裏側があるのか~って思った人は、たくさんおったと思う。

僕が聞いたのは当然日本語の通訳がしゃべった言葉やったのやけど、でもこれは、ポルトガル語>英語>日本語と通訳される中で、ずいぶんと気を遣ったセリフになってたらしい。実は、ジーコはもっとはっきりと、放映の都合で試合時間が決められたことについて批判をしてたらしい。

日本でワールドカップのスポンサー権の販売権を持ってるのは、広告界のボス電通。
ジーコ発言もあって、電通が試合日程まで変えたんじゃないかっていう噂が、ネット界で広まってる。
電通疑惑については、この記事がよくまとめてある。
もし本当やとしたら、企業の都合で選手達を苦しめたことになるし、電通の株価が下がってるとしても、全く同情の余地はない。

それでも、中田が試合後のインタビューで言ってたように、「熱いという条件は相手も同じ」であって、負けたからって腹いせに電通にあたってもしょうがない。
このくらいのジョークで笑い飛ばすのが、正しいものの見方やろうね。

今は負けた原因探しよりも、ブラジル戦での選手の頑張りと、欲を言えば、奇跡を起こして欲しいと願うばかりやね。

月曜日, 6月 19, 2006

やらせ

きっこさんが最近TV番組、というか日本テレビの「やらせ」についてかなり取り上げているので、気になってGoogleで「やらせ」を検索していたら、おもしろいページを見つけた

これからはTVを見るときはやらせに注意してみるようにしよう。

日曜日, 6月 18, 2006

カップ麺を緑茶で作る

カップ麺を緑茶で作ると美味しい!とTVでやっていたので、試してみることに。

お茶はコンビニで買った「緑茶」
カップ麺はやっぱりカップヌードル(BIG)でしょう!

(ちなみに、うちのコンロを熱すると何が化学反応しているのかわからんけど、変なにおいが立ちこめるので、あまり使いたくはない)。


む!お茶を沸騰させると、良いにおいが。。。というか、ただのお茶の香り。
沸騰したお茶を入れて、3分待つ。

待つ!

3分経ちました。
カップ麺を見てみる・・・色は別に緑ってわけじゃない。

では、食べてみる。。。む!美味しい!
いつものカップラーメンの味や!


。。。というか、普通?
普通のカップ麺でした。ちゃんちゃん。
でも、美味しいよ。 Posted by Picasa

メールからブログを更新してみる

初めて携帯からブログを更新してみる。
でも写真は送れないらしい。bloggerモバイルってのを使えばいけるらしいが。。。

5面はこんな感じ

5面中ボスのスクリーンショット。
つか、なんか本ボスっぽい風格が・・・
これを超えるラスボスってどんなんやろう?
これを本ボスにして、6面をラストステージにしてもいいかもしれない。
悩むなぁ・・・ Posted by Picasa

月曜日, 6月 12, 2006

ディズニーシーに行ってきた

ぼくは千葉に住んでいるわけやけど、近くに住んでるから年に何度もディズニーランドに行くかというとそういうことはなくて、先週末、家族がこっちに来るというので、初めて東京ディズニーシーに行ってきた。

やはりディズニーはすごくて、JR舞浜駅から電車でディズニーシーまで行くのやけど、もう迎えの電車からして、窓枠がミッキーの顔でお出迎えしてくれて、入場前から楽しませてくれたし、やっぱり園内は東京の隣の千葉県ではなくて、完全にディズニーっていう夢の世界になっていた。

いろんなアトラクションもあるし、園内を歩いているだけでも結構楽しめるのやけど、特に良かったのが、ロストリバーデルタでやっている、「ミスティックリズム」というショーで、炎、水、大地の精霊が激しく踊る、水と炎を使った派手なショー。そして、あまりミッキーマウスの出番はなかったのやけど、あちこちから水が吹き出たり、火山が噴火したり、水中から巨大な炎の竜?が出現したりと、やたらと豪華で、それでいて綺麗な、ブラヴィッシーモ!が素晴らしかった。残念ながら、天候が悪かったおかげで、最後の花火は中止になって見れなかった。

丁度今日、会社に新しく派遣できてくれた人がいたのやけど、その人に聞いたところ、ちょいこの間まで、ディズニーシーのヴォルケーノっていうレストランでまかないをやっていたらしい。おおー、すごい偶然やなと思ったのやけど、まかないさんは、お店までは裏の通路から入ってくるので、ディズニーシー自体は見ることはないし、実際どんなところなのか知らないらしい。ディズニーで働ければ楽しいやろうかと思ったけど、実際に働いてる人は、やはり大変みたいや。 Posted by Picasa

月曜日, 6月 05, 2006

FFXIIのサントラを買った

FFXIIの評価が割れてるらしい。
ストーリーに期待した人は、×。ゲーム性に満足した人は○をつけたみたいやね。
僕はどっちかっていうと、ストーリーよりもゲーム性、特に戦闘を楽しんだので、◎をつけたいくらい。早速サントラを買ってしまったほど、音楽も、素晴らしかった。

FFXII、ストーリーはXよりは好きやったのやけど、最後のぐだぐだ感がなんとも駄目やった。最後さえしっかりやってくれてたら・・・って思いはあるね。制作期間はずいぶん長かったと思ったのやけど、それでも足りんかったんやろうか。まあ、ストーリー以外はどこを切っても100点やったと思う。何も言うことはないって感じや。

それはさておき、やはり崎元さんのサウンドは素晴らしいね。実は僕は、タクティクスオウガ、FFタクティクスと、他にも崎元さんの関わったゲームのサントラを持っているのだ(そういえば、プレイしてないゲームなんかもありそうやから、探せば他にもいろいろあるのかも・・・?)。FFXIIのサントラを買うのは、ゲーム発売前から決まってたようなもんやね。満足満足や。

FFXIIの音楽は、まず楽曲を普通に作って、それをゲーム音源用に落とし込んで作ったらしい。その際、ゲーム寄りになるように調整をかけるらしいのやけど、サントラのCDは原曲のほうが入ってるので、ゲーム中で聴いた曲と結構感じが違う。音が良かったりするのもあるんやけど、それだけじゃなくて、ちょっとゲームっぽさが削られてて普通の楽曲になってるというか。

CDバージョンの方が、ゲーム音楽をそのまま流されるより、ずいぶんと耳に優しくて聴きやすい感じがするし、なにより、ゲーム中の曲とは違ってるって事が、予想外にお得で満足やね。

日曜日, 6月 04, 2006

村上さんも大変や

詳しいことは知らんけど、流れから言って、村上さんは捕まるのかな?

前にもちょっと書いたのやけど、阪神と阪急と村上ファンドの話を見ていると、いつも思うのやけど、あまりにもお互いの「常識」にずれがあって、会話になっていなくて、どっちが正しいとか、そういうこと以前の問題やと思えてくる。
例えば、上場って事にしても、

・会社=法律上、株主のもの
・上場=株主に買ってもらうためにすること。買ってもらえたら、ありがとうとでも言うべき。
ってのが村上さんの常識やと思う。

阪神サイドは、
・会社=法律上は株主のものやけど、会社員とか阪神ファンの感情を無視していいってものじゃない
・上場=金を得て、名前を確かなものにする手段。一流企業なら上場すべき。でも勝手に買ってもらったら困る

お互い、自分の立場こそが当たり前の常識やと思ってて、考え方の出発点からして違うと思う。これは、日本でお金とか株とか会社についてきちんと教育せえへんってことが関係してると思うけど、それはさておき。

日本と韓国で、竹島(独島)はどっちのもんかって議論をしてるときに、日本が「国際法上、日本のもの」と言ってるけど、韓国は、「法律なんて関係ない、歴史的経緯から韓国のもんなんじゃー」って言ってるのと、全く同じ構造に見える。

でも、阪神問題じゃ、株主が法律上持ち主なんてことは関係ない、大事なのはファンの気持ちだと言いながら、竹島問題では、竹島は国際法上日本のものやから日本のものなのね。矛盾してない???


週間!木村剛に投稿してみる。

ゲーム作りにはデザインするって言葉がしっくりくる

ようやく作っているゲームの4面までが完成した。
あと5面を作れば終わりなわけやけど、だんだんと要領がわかってきたので、1面、2面、3面もボスも、できれば全部作り替えたいくらいの気持ちでいっぱいや。(やらんけど)


ゲームを作っていて気づいたことを、せっかくなので、出来るだけ書き留めておこうと思う。
では第一回(?)。

最近、ゲームってのは、デザインするもの、ってことがようやくわかってきた。
デザインっても、絵の事じゃない。ゲーム全体の構成とか雰囲気とか、そういうものを全部含めたもののことや。
この話を友人にしたところ、結局わかってもらえへんかったので、ゲームを作ったことがない人には、理解するのが難しいかもしれへん。

例えば、マリオに長時間の壮大なムービーとかストーリーはいらんと思う。アクションが楽しければいいし、あっても導入部の話がちょっとあったりするくらいで十分やと思う。逆に、FFに全然ストーリー性がなかったりすると、それはまた違うと思う。普通のゲームよりちょっと長いくらいのムービーが入っていて丁度くらいやないやろうか。

これは、マリオはイタリアンなオヤジが亀を踏んだりの手軽なアクションが楽しめて、FFは個性的なキャラクターの絡む壮大なストーリーがあって・・・って感じのイメージが既にあるから、そりゃそうやろうってな結論になるのやけど、自分で一から作るとなると、特段どういうゲームやってのは決まってなくて、じゃあシューティングを作るぞって思ってみても、感動的なストーリーがあるのかとか、ゲーム中で語られるのかとか、自由に決められるわけ。
全部、自分で決めていくわけやから、あまりに自由なので、そこで「どんなデザインにするか」ってことになるわけや。

例えば、僕の今作ってるゲームには主人公とか、そういうキャラクターってのは出えへんけど、別に出そうと思えば出せる。でもそうなると、少しはストーリー性もあったほうがいいってことになる。キャラクターがおると、ちょっとゲームの雰囲気も変わる。
結局、何が作りたいかで、右にも左にもハンドルを切れるわけで、でもそっちに行ったらキャラクターよりになるとか、ゲーム全体としてのバランスが変わってくる可能性もあって、そういう全体の構成とか雰囲気を考えつつ、何を入れて何を入れないとか、そういうのがデザインするってこと・・・やと思う。

う~ん、うまく書けへんな~。
でもたぶん、映画を撮ったり絵を描いたり漫画を書いたり作曲したり、そういうこと全般に通じる事なのやろうと思う。

今日、ルノワールの画集を買ったのやけど、ピアノの前の少女達、という絵がある。ルノワールは美術監督に選んでもらうために、同じサイズのカンバスに同じ絵の別バージョンを5枚描いたらしい。この絵は気に入っているので、自分の実家にポスターを飾ってあるのやけど、5つもバージョンがあるとは知らんかった。
ポスターのバージョンは、ピアノの前の少女達がしっかり書き込んであって、その背景は、ルノワールの独特の不思議な色合いでもやのように描いてあって、何があるかは判別不能や。
でもこの本に載っているバージョンは、背景がはっきりと描いてある。少女の後ろのカーテンとか花瓶とか、そういうものがはっきり見えるし、丁寧に綺麗に描かれてる。

でも、僕自身はこれを見たとき、家のポスターのバージョンの方が良いなと思った。背景がぼやけてる方が、少女とピアノとが引き立っていると思ったし、本に載ってるバージョンなら、ポスターは買わんかったと思う。この本によると、ルノワール自身も、本に載ってるバージョンは「背景を書き込みすぎ」やと思ったそうや。やっぱりそうかと思って、ちょっと自分の感想とルノワールの感想が同じやったことが嬉しかったわけやけど、何が言いたいかって言うと、つまり、この絵には背景をつけるのかつけないのか、そういうところを決めていくって事が、デザインするってことなのやと思う。